種の歴史から種が教えてくれること。種の独占は怖い。

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種の歴史

種の歴史というのは結構面白いものです。今ではすっかりビジネス化している種子の扱いですが、その起源と考えられるのは江戸時代。

そういった経緯で種屋は誕生したのでしょうか・・・。

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固定種の時代

種は昔は固定種でした。

詳しくはこちらの記事を見ていただけるとわかるのですが、固定種とは形質が固定されたもの。栽培された野菜から形が良かったり品質がいいものを選抜し、それから種子を取り翌年はその種子を使用します。

そういったサイクルを繰り返し、形質を固定していくことで、代々種が引き継がれていくのです。

 

これに対して、後述しますが現在の主流はF1種。F1は一代雑種、交配種などと言われており、上記の固定種をとことんピュアなものにしていき、その都合のいい形質を持ったピュアなもの同士を掛け合わせることで、流通や生産の効率の良い作物を栽培しようという考えです。

F1から採れる種を植えてもF1のような形質を発言することはなく、非常にばらつきます。それを固定していくのには何年もの歳月が必要になります。そのため、実質F1から種取りをしようとする人はほとんどいません。

 

地方に特有の京野菜などは昔からの先人がずっと固定種として育ててきてくれたから存在するものです。

今では、その形をF1で表現して「伝統野菜」として販売もしているそうですが、本当の意味での伝統野菜は固定種で代々引き継がれたものでしょう。

固定種は最初の原種を手に入れてから3年間母本選抜してひとまず固定する作業から始まります。その選抜する人によってや、環境によって適応する形質なども違い、個性が溢れた野菜が固定されていきます。

 

そのようにしっかりと固定した種は、農家や種屋の自慢の種だったことでしょう。

長年固定され過ぎてしまうと、ホモ化して生命力が衰え、採種量が激減してしまう現象が起きます。そのため、定期的に選抜をお休みし、蒔いた種全てから種を採ったりして生命力を復活させることが必要になります。

結構手間のかかる作業なのですね。

 

しかし、そうやって守り抜かれた品種は各地域に広がり、その地域特有の野菜へと新たに固定されていきました。それが一気に拡大したと思われるのが、鎖国時代。

諸大名は参勤交代するときに、その地方の特産野菜を持っていき、交換したり献上したりしてそこから採られた種を各地で交配し、固定していったのです。面白い歴史だ。

だから各地の伝統ある野菜は、違う地方の伝統野菜が親だったりするんですよ!その家系図はかなり複雑。面白い!

そして、脚気が流行り出します。
脚気はビタミンが足りていないためにおこる病気であるため、野菜が欲しがられました。そうした背景などもあり、農家は武士や町人のための販売を目的とした野菜を作るようになります。

そこで、種屋が誕生していくのです。

 

 

種屋の誕生

F1が誕生する前は、すべて固定種として育成されてきました。
形質が一定していない野菜はプロの種屋の販売対象ではありませんでした。本物の固定種だけが販売価値がある種子だったのですね。

そのため最も良く育った作物は種用に回され、それが次第に噂となり良い種を求めて尋ねたりする人も多くなりました。そういった人たちが人、今の種屋のもとになっています。

 

江戸中期以後、種屋の集落が今の北区の滝野川というところに生まれたそうです。
現在の「みかど育種」の越部家とか、「東京種苗」の榎本家とか、「日本農林社」の鈴木家とかいう人たちのご先祖にあたります。「滝野川人参」とか「滝野川牛蒡」などを育てるとともに、日本中の種を集めて改良し、また日本中に売る仕事をするようになります。
野口種苗HPより)

 

そうして、国が開かれると外国に向けて種苗を販売する動きも出てきます。
ここから「サカタのタネ」や「カネコ種苗」といった現在も最前線で活躍する種苗会社が台頭してきます。

1960年頃までは、販売され生産される野菜のほとんどの種は、固定種でした

 
 

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F1の時代へ

そして、徐々にF1の時代へ移行していきます。

開花前の蕾を開き、雄しべを取り除く人工交配技術は、最も原始的な方法で、戦前(1924)の日本で、ナスによって初めて成功したのが、世界初のF1野菜だと言われています。
(野口種苗HPより)

 

除雄

最初は手で雄しべのつぼみを取り除く「除雄」という作業で行っていました。そうすることで、都合のいい形質を持ったものを掛け合わせて、都合のいい野菜を栽培していました。
この方法が最も原始的で古い手法です。

種屋を思い浮かべる際に、一番思い浮かびやすい手法かもしれませんね。

日本では続けて西瓜、胡瓜、トマトなどで人工交配技術を確立し、アメリカでは、トウモロコシの雄花を開花前に刈り取り、近くに必要な雄花の品種を植えておくという、風媒花の特性を生かした人工交配が行われていました。

いかにも原始的という感じですね。笑

 

自家不和合性

自家不和合性(じかふわごうせい)は、アブラナ科野菜などの被子植物の自家受精をしないようなシステムのこと。

植物自身が柱頭に付着した花粉が自分のものなのか他の植物からのものなのかを見分け、自分のものであった場合、受精が行われないというものです。

このシステムを利用してF1種を栽培していました。日本ではこの技術が普及したのですが、それに取って代わってきたのが雄性不稔。

 

雄性不稔

アメリカでは、細胞質雄性不稔というミトコンドリア内の遺伝子の欠陥を利用した交配技術が生まれたのが始まりです。

雄性不稔とはミトコンドリア遺伝子に欠損が見られ、雄しべに生殖機能がないという異常のこと。雄性不稔をもった変異株を発見したらそれを人工的に栽培し、増やし、F1を作り出すのに有効活用しようというものですね。

そうなると都合のよい雄しべを持つ株と、雄性不稔を持った変異株とを掛け合わせることで、狙い通りの野菜を栽培しようということです。

しかし、これが新たな問題を生じています。

繁殖能力を持たない野菜を日常的に食すというのはいかがなものかということですね。科学的に立証はされていないのですが、長い歳月をかけて人体にも影響がある可能性が懸念されます。

 

 

遺伝操作の時代へ

そして、時代は遺伝子操作に移行していきます。

上記の雄性不稔は偶然的に発見された株を人工的に培養するというものですが、その変異株さえも遺伝子操作で作ってしまおうという流れもあるようです。

また、遺伝子操作で有名なのはアメリカのトウモロコシや大豆ですね。除草剤に耐性のある遺伝子コードを作物に組み込んで、除草剤とセットで販売するというものです。

さらに、メキシコなどでは、伝統のある在来種(固定種)のトウモロコシからその遺伝子組み換えコードが発見されたりと波紋が広がっています。

また、商用になっていませんがある遺伝子組み換え種子で作物を栽培し、そこから採取された種子で翌年作物を栽培しようとした場合、芽が出た時に自分自身を殺す毒を出すように遺伝子コードが組まれているという技術もあるようです。

 

 

種子を独占する時代へ

こうした動きで怖いのは、もちろん人体への影響もそうですが、遺伝子組み換え種子は商品登録されており、勝手に花粉が飛散してきて育成された場合でも

「うちの種使ったんじゃないの?」

と訴えを起こす場合があります。商品登録は勝手に使用されないためにも、種が商品となっている現代では欠かせません。そのため、しょうがない部分もあるのですが、こうした動きは種の独占につながっていきます。

上記の自分自身で死ぬような種子もそうですね。

 

もし世界が一つの種苗会社の種に独占された場合、国家さえも頭が上がらないような事態になります。これは非常に怖いです。

「種子を制する者は、世界を制す」

種はビジネス化され、一国家さえも動かしかねない存在になってきました。
これからどのような流れになっていくのか・・・。

 

だからこそ、固定種が見直され始めてきています。
種を守らないと、本当に恐ろしい時代に突入しかねません。

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