日本の種子法廃止|種子の支配は日本にも?農のグローバリズムはどう転ぶ

 

日本の農業の未来はどうなってしまうのか。

もはや「国産」さえもなくなり、日本の農業は世界の色に染まっていくのかもしれません。

「農業」という人の命と重大に関わる分野の分岐点。

どっちに進むかはあなたが決めることです。

あなたは何を選択しますか?

 

 

スポンサーリンク

 

 

 

種子法撤廃・・・日本の農業がグローバリズムに

TPPによる関税撤廃(これは現在ウヤムヤですが) 、種子法廃止・・・。

※種子法とは、コメなどの種子の生産と普及を都道府県に義務づけた法律で、戦後日本の食糧安定供給に大きく貢献しました。廃止することにより外国企業を始め、民間企業による品種開発の活発化などがメリットに上げられますが、安定供給がなくなることで作物の高騰化、安全性が不安視されています。

今、農業が「グローバリズム」の名のもとにどんどん解体されようとしています。

消費者視点に立ってみれば、「食べ物が安くなって結構なことじゃない?」の一言で終わってしまうのかもしれません。

ですが、ちょっと立ち止まって考えてみてほしいのです。

 

日本の国土は狭く、平地も少なく、米国・オーストラリアなどの大規模農業と比べたら、効率性のみを考えれば絶望的に劣ります。

『競争』が生産性を向上させ、『競争』が農業改革を促進させる、という考えの下、日本の農家が価格の国際自由競争の渦に放り込まれてしまったら、負けてしまうのは目に見えているでしょう。

 

ところで、あなたにとって『農業』とは『食物』とは何でしょうか。

人は食べなければ死んでしまいます。

『食物』、つまりそれを作り出す『農業』は、当然のことながら人が生きていく上で必要不可欠なもの。

 

「生きていくことに必要不可欠」と言うことは、なければ生きていけないということ。

つまり、それをコントロールされてしまった場合、あなたは絶対に服従しなければいけないと言うことを意味します。

それは1人の人間に留まりません。

国家さえもコントロール出来てしまうのです。

ある国をコントロールしようとした時、その方法のひとつに、『その国民の胃袋を支配する』という戦略があります。

 

 

アメリカの国家戦略|種子を支配して世界を支配する

米国を見てみましょう。

かの国にとって『食物』は国家安全保障のひとつの国家戦略として明確に位置づけられています。

あれだけ『自由化』を他国に押し付けながら、自国の主要穀物自給率は200%に届きます。

 

 

 

さて、この米国の国家戦略『世界の胃袋を支配せよ』と密接に結びついているのがご存じ多国籍バイオ化学メーカー・モンサント社

この社の遺伝子組み換え作物の種の世界シェアは90%に及びます。遺伝子組み換え作物に関してはその安全性が問題とされますが、私としてはそれ以上にその『市場独占性』を挙げたいと思います。

この社は有名な除草剤ラウンドアップを開発した企業であり、現在ではこの除草剤に耐性をもつ種苗(遺伝子組み換え作物)を開発し、除草剤とセットで販売しています。

つまり、この社の種苗を使うことは同時にこの社の除草剤を使うことを意味するのです。

 

 

インドの例を挙げてみます。

それまで自分の畑で自然に取れた種子を使っていた農民が『収穫量増加』という謳い文句に乗せられ(これはインド政府の方針でもあったのですが)、このモンサント製種苗を使い出しました。

しかし、年を追うごとに収穫量は減り、しかし種苗+除草剤は毎年購入せねばならず、現金が確実に必要になります。

以前は貧しいながらも細々と生活が成り立っていましたが、借金などで立ち行かなくなり自殺者も出ているということです。

 

以前の畑に戻そうにももう土地が変質してしまって戻らないそうです。

つい最近このモンサント社はドイツの製薬会社バイエルに買収されましたが、世界の種苗市場は現在わずか数社で独占されることとなっています。

これは言い方を変えれば、『世界の胃袋がわずか数社の支配下に置かれる』ということです。

そしてこれは噂ですが、北欧の某国に、彼らのみがアクセスできる世界の種子の原種バンクがあるといわれています。

 

 

スポンサーリンク

 

 

日本の農業の未来は・・・?

さて我が日本国。

この状況下において種子法が廃止されてしまいました。

これは当然世界のグローバリストたちの圧力によるものでしょうが・・・

メディアも取り立てて報道するわけでもなく問題意識もないまま、将来的には農協も解体され、このまま行けば日本農業壊滅の最悪のシナリオしか見えてきません。

 

 

 

現在まで、この種子法があったために、国産種子を国が保護し、それを農家に安価で提供することで外国の安い種子が入ってくることを制限することができていました。

この農業における、国の介入を無くしてしまって完全なる民間の企業競争に委ねてしまうことは、ついには日本の種苗企業がモンサント社などの外国企業に席巻されてしまう可能性があることも意味しています。

そうなったら、例え日本国内で作物生産はされようとも、その根本の根本・・・種苗が外国依存となってしまいます。

それはもう国産と言えるのでしょうか。

『日本国民の食の安全保障』は外国の手に握られているということになってしまいます。

 

ちなみにどの国でも主要穀物は保護するのが基本です。

 

それなのに、我が国においてはこの主要穀物種苗も区別なく自ら進んでオープンにしてしまおうとしているわけです。

こんなに恐ろしいことはないでしょう。

 

なおモンサント社以下は自社開発の遺伝子組み換え種苗は特許を取っており、非常に厳しいコントロール下に置いています。

最初は安く売っても、市場を独占してしまえば、いくらでも価格はコントロールできるのです。

その時後悔してももう遅い。

一度断絶してしまった技術を復活させるのはほぼ不可能といってよいでしょう。

それがインドの例です。

 

 

『自由競争』というと一見素晴らしく聞こえますが、これは要するに『弱肉強食』、ジャングルの掟であり、弱いものはどんどん潰され、強者による一極集中がなされてゆく世界です。

果たして農業がそれで良いのか。

日本国内では国による農家保護が散々批判されていますが、実はこれはどの国でもやっていることで、農産物への補助金については、輸出補助金も含め、高食料自給率の欧米先進国の方がずっと高い。

労働者は単純に保護されている農家を『努力が足りない』『甘やかされている』などと不平等に感じるのでしょうが、農業は他の産業とは違うことを認識すべきなのです。

本当に能力のある者は他の産業と同様、一部なわけで、そういう競争力のある農業者を基準にして、すべてを自由競争に委ねるというのは間違っています。

農協においてもそうで、問題があるのは重々承知ですが、この世に完璧なものは存在せず、問題があるからといって、農協そのものを解体してしまって、完全なる個人の自由競争に放り出してしまったら、それでなくても他国と比べて国際競争力のない日本の農業はどうなってしまうのでしょうか・・・。

一概に言えないのが現実です。

 

農業は安全保障であり、国が護らなくてはならないものです。

 

大東亜戦争がなぜ起こったのでしょう?

日本は当時石油エネルギーのほとんどを米国一国に依存しており、『石油の一滴は血の一滴』と言われたあの時代に、それを禁止されてしまったのでした。

現在も我が国のエネルギーは輸入に依存していますが、同じことが食糧にも起こらないと誰に言えるでしょう。

欧米だけでなくどの国の政府も、食糧は自国安全保障の一角として捉え、実際護ろうとしているのです。

にもかかわらず弱い国は崩されていくのが現実で、国民の誰もが、この農業問題を、単なる『価格』や『食べ物としての安全性』だけでなく、『国家安全保障』として認識し行動していかなければこの国は護り切れないと思います。

 

日本は自ら自国の農業が弱くなってしまう方向に足を進めました。

少なくとも僕にはそう思えます。

1人1人の農家が自国の農業を守る意識でプライドを持って農業と向き合う局面であり、

1人1人の消費者が選択を迫られる局面です。

 

 

スポンサーリンク

 

あなたは何を信じ、何を選択しますか?

 

 

コメントを残す

サブコンテンツ

このページの先頭へ